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表現

更新日:2023年11月21日

 「表現」という2文字は、私にとっての大きなテーマである。Netflixで宇多田ヒカルのライブ映像を観て少し気分が乗ったので、文書を書き綴ってみたいと思う。


 私がはじめて「表現」することを知ったのは、たぶん、小学2年生の頃だと思う。当時の担任の先生はとても怖いことで有名で、まだまだ右も左も分からない年齢の子供たちに、よく怒鳴り散らかしていた印象が残っている。先生は朝のホームルームの時間に、我々のクラスだけ体育館に集めて柔軟をさせたり、絵を描く授業のときには「世の中には単純な色なんて少ない。色んな絵の具を重ねろ。」といった趣旨のことを言っていたりするなど、とても真剣に指導していた。そんな指導の中で1番自分に合っていたのではと思ったのが、合唱の時間だ。腹式呼吸と胸式呼吸の違いや、表情の使い方など、こちらもやはり真剣に、小学生相手に説明してくれていた気がする。その内容自体は殆ど記憶にないけれど、ただ歌ったことだけは覚えている。

 時は流れ、中学生になった。学校の勉強はほどほどに、部活は鬼のように厳しく、息苦しい日々を送っていた自分にとって、救いの1つとなったのが「合唱祭」である。小学2年生の経験がいきていたとは思わないが、どうやら周りの男子よりも少しだけ上手だったようで、ないしは、ただ人前で歌うことに抵抗がなかったようで、日々の息苦しさを発散する良い機会となっていた。この頃から自分は歌うことが好きなのだとわかり、その後も高校では、有志バンド活動でボーカル、大学ではアカペラなどを経験した。

 歌だけではない。高校の文化祭ではクラスの中心となって出し物を考えたり、演劇の役者として楽しんだ。大学では、学生団体の新歓チラシや活動報告書を作成するなどデザインをかじり、社会に出てからは動画制作や、より本格的な広報誌のデザインも学んだ。それぞれの深みは大したことはないが、常に「表現」する場があることは私にとっては大事なのだと思う。


 宇多田ヒカルのライブ映像が終わりに近づき、はや1時間半もこの文書に向き合っていることに驚く。「表現」することも好きだが、他の人の「表現」の瞬間に立ち会うことは、それ以上に好きだということをまだ語りたかったが…これの続きは次回書くことにしよう。


 3月はもっと気楽に、素早く文字を書きたいな。


 おやすみなさい。


(2023年11月追記)

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