Q. LIGHTHOUSEとは?
星野源さんとオードリー若林正恭さんが、”悩み”をテーマにお互いの悩みや日常の出来事を赤裸々に打ち明けていくトークバラエティ。総合演出は佐久間宣行さん。「悩める人々の明かりを照らす灯台でありながら、自分たちの足元は暗そう」という意味を込めて「LIGHTHOUSE」と名付けられた。Netflixで世界独占配信。( https://www.netflix.com/jp/title/81641728 )
はじめに
2023年8月22日(火)に配信されたその日から、はや3ヶ月が経過した。兼ねてより好きだった源さんと若林さん、そして佐久間さん。配信されると知ったその日からとても楽しみに、そして配信されてからも、勿体無いからと、1話ずつゆっくり見ていた私であったが、なにせ6話分なので、9月中には全て見終わってしまっていた。8,9月といえば、私が表現者、もとい”表現したい人”として悩んでいる時期だったこともあり、私の背中を押してくれるような、それこそ「人々のモヤモヤした気持ちを明るく照らしてくれる」ような、そんな素敵なコンテンツであった。
そこからさらに2ヶ月。友人から『LIGHTHOUSE』を語る会をしよう、と提案してもらったことをきっかけに、もっとこのコンテンツを、源さんや若林さんの考えを、自分なりに咀嚼して、日常に落とし込みたいなと思ったので、こうやって文書にしている。
私の文書は、要点だけ押さえて、いつも3分程度で読めるものにしていたのであるが…やってしまった…語りすぎてしまったようだ。そのため、前編を6話それぞれの振り返りに、後編を友人との語る会の内容と、これからの自分はどうしたいのかという未来の話をしていきたいと思う。もちろんのことネタバレを含むので、それでもよければ読んで貰えると嬉しいし、一緒に語れたりすると、もっと嬉しい。
配信開始からの4ヶ月のラグがあり、既に記憶の向こうにある方もいるかもしれないが、佐久間さんが「1ヶ月後でも10年後でも見られるのがNetflixの良さだと思う。」という話をインタビュー(私が唯一書店で手に取る雑誌「SWITCH」にて)で語っていたので、世間の注目度なんて気にせず、好きに語りたいと思う。
エピソード1. 暗黒時代
源さんと若林さん、彼らが20代のときの鬱々とした感情や傷、そしてそれらが染み付いた阿佐ヶ谷・高円寺という地。私にとってそれらに相当するものは無いと思う。それでも彼らが「大人になってもストレスが一向に減らない」や「自分は謙虚だと言う人に限って傲慢。多様性を大切にしていると言う人に限って多様性をわかっていない。」と吐いてくれることで、安心するのはなぜだろう。
私は、10代の頃は特に、友人の悩み相談を受けることが多かったと思う。悩みの中には共感できないものもあったはずではあるが、私自身が悩みを人に話さず内側で撃ち消すことも多かったから、代わりに友人が吐いてくれて安堵した、今回もそんな感覚だったのだろうか。
また、源さんと若林さん2人ともが、悩みを曲や笑いに昇華させる(無化させる)ことが上手すぎるので、そこも心地良く感じた。悩みが尽きなくても、嫌な人やコトに溢れかえっていても、表現という手段を取ることによって、誰も傷つけず、むしろみんなを救ってしまう。すごいことだ。
そして何より、私が最も考えさせられたのは、源さんの「表現を介さないと人と繋がれない」という言葉である。
私は昔から、言葉を介したコミュニケーションで、人と繋がれたと思う瞬間が沢山あった。一方でここ数年、私が歌を歌ったり、こうやって文書を書いたり、オンライン上で50人規模の子どもたちに対して人前で話す仕事をしていく中で、「なかなか人と繋がれないな…」とモヤモヤしているのである。
「表現を介すから"こそ"人と繋がれる」ことだってあるはずだ。表現を介して人と繋がるためには、一体私に何が足りていないのだろうか。私はどうしても彼らに聞いてみたい。もっと沢山表現活動をして、活路を見出したいなと思う。
おっと、この文量で書き続けると、完成に何日もかかってしまいそうだ。徐々にペースを落とそうと思う。
『灯台』。誰も救おうとしているわけではない、眩しすぎず、ぼんやりと光る2人姿勢が素敵な回だった。
エピソード2. 東京〜光と闇〜
情報が飛び交い、流行り廃りが毎日のように更新されていく現代社会、ことその震源地である東京で活躍している2人が、そのやるせ無さを感じていた。「SNSで言うことは表現、本音ではない。」と言っていたこともあわせて、物事の本質をみている方たちなんだなと、私はホッとする。
ふと前職でイベント企画を任せられていたときに感じたモヤモヤが思い出された。1社目や今の会社で大切にされている「本音で対話する」ことへの安心感というか、これからもそういった本質を見失わずに生きていきたいなと決意した。
人と話すときには「言葉に魂をのせる(=本音で語る)」ことでこそ伝わるものだと思っているのだが、文書や映像・歌などの表現でも伝えられるようになりたい。
『解答者』。夜、東京のネオン街。なんだか落ち着かない気分のまま、1人文書を書き続ける今日の私にぴったりの1曲だった。
エピソード3. Christmasプレゼント
『LIGHTHOUSE』の中で、この回ほど重要なものはない。クリスマス当日に撮影された今回は、若林さんだけでない、多くの人にとってプレゼントとなるような内容だったと思う。
紅白にM-1、大舞台を経験している2人は、これからも自分を捻じ曲げるようなことは決して無いのだろう。「時代の雨に入る(芸を変えずに走っていれば、順番がきたように、ふとした瞬間に雨という時代がやってくる)」という話は、今自分が大切にしていることを見失わずに行動しようと思えたし、源さんが「自分のルーツ(R&B、HIPHOP、ジャズ…)に立ち返ったときに、そのままの形で表現するのではなく、そのエッセンスを用いて自分なりに表現にする」という(趣旨の)話は、私自身の今後の指針にもなりそうだなと思った。(後編でじっくり語りたい。)
もう1つ重要なテーマは「飽き」だろうか。世の中にはずっと同じことを繰り返せる人もいれば、繰り返すことができずに新しい場所に向かっていく人がいる。私自身にはどちらの要素もあると思っていて、大切にしたい価値観や大好きなものはいつまでも変わらず、例えば毎日おんなじゲームで遊び続けてしまったりもするのだが、新しい刺激や発見は常に求めているので、価値観や好きなものは大きく変えずに、日々それらに肉付けをしていく感覚で生きているなと気付いた。
また、源さんに『飽きちゃったんだと思います。』と言葉をもらった時の、若林さんのキラキラ具合が本当に好きだった。見ているこっちまでワクワクした。やはり私は、人の視界が開ける瞬間やワクワクを感じている瞬間が好きだし、これからもずっとその瞬間に寄り添いたいと思った。
3つ目のテーマは「私の居場所は作るものだった」「誰もいない場所に行くことが多い、大変さはその人にしかわからない」という部分。歳を重ねるごとに、私は自分の感覚や本音に向き合うことが増えたなと思う(これが価値観が凝り固まるということなのだろうか…?前の文書も貼っておく)。
向き合えば向き合うほど、自分と他者は異なっており(時代の流れに後押しされ、他人と同じ経験をすることは誰にも叶わないのだ)、それ故に自分にとっての”最高の”居場所を求めるならば、それは自分でつくしかないのだと気付かされる。走り続ける2人を私は追いかけることなく、それでも走る2人の姿に鼓舞されながら、「次は何をしよう?」なんてこれからも考え続けよう。
『仲間はずれ』。イントロでドキドキが止まらない。私のルーツであるアニメソング、とりわけ「Girls Dead Monster(通称:ガルデモ)」の曲(『Thousand Enemies』『Day Game』『Shine Days』…)たちが思い出される。他者の目を気にしたり、椅子を取り合ったりするのは私も嫌だ。でもこの曲のように、仲間はずれになることも、私らしい進み方ではないと考える。誰かと一緒に、これを読んでくれるあなたと、未開の闇に踏み込みたい。大丈夫、そこには椅子だけじゃない、一緒にくつろげるソファがあると思うから。
エピソード4. サプライズライブ
有観客ライブ。登場の瞬間から、2人の雰囲気はこれまでの3回とは明らかに異なっていて面白かった。お客さんたちを楽しませんとするエンターテイナーな面が強く出ていた若林さん。一方で、これまで以上に相手の話や場の空気をしっかり捉えながら話を進める源さん。どちらも素敵な一面だ。ちなみに私は、飲みの席や大人数を相手にしたときに、(最近マシになってきたが)まだうまいチューニングができないので、こういった出演者のスイッチの切り替えがみられるコンテンツというのは興味深い。
エピソード4で最も記憶に残った部分といえば、「強くなければ次のステージに行けないけど、強くなると人に寄り添えなくなる」という言葉だ。エピソード3の部分でも書いたが、自分にとっての”最高の”居場所は自分でつくるしか選択肢はない。そしてその居場所をつくるとき、それは批判の対象になったり、批判までいかなくとも、「私にとっての居場所ではないわ。」と手を引いていく人は必ずいるだろう。全員が同じ船に乗ることができないということは理解している。
でも、「強くなる」ということを、私は速く・遠くへ進める船を造るだけではなく、より多くの人が安心して乗れる船を造ることも含めたい。若林さんが「人を蹴落としたり価値下げしないお笑いをやりたい」と言っていたことは、まさにこれに当てはまると思う。
有観客ライブで、演者と観客が溶け合う感覚。同じ船に乗っているということ。1年後、5年後、10年後の私の船は、一体誰とどこに向かっていくのだろうか。
『Orange』。彼らが過ごした阿佐ヶ谷・高円寺。悶々とした気持ちを抱える夕方。「増えていく分かりにくい悩み」はその通り、私には理解することはできない。でも、それで良い。
エピソード5. ドライブと決意
以前「チューニング」という文書を書いたが、「自分の今の状態に合った曲選び」というのは、私の習慣である。源さんの曲で例えるならば、気分がローの時は『Dead Leaf』が堪らなく心地良いと感じるのでよく聞いている。私の気分が下がる1番の原因は、やるべきだと言われていることが、様々な理由で嫌になって行動できないことにある。そんな時にこの曲を無限リピートしながらパソコンに向かうのだ。そしてローな気分を無理やり脱却すると『Crazy Crazy』を聞き出す…いや、「歌い出す」か。この曲はとにかく歌のキーが私に合っている。珍しく「えーい!もう、これでいいんだ!」と叫んだりするもんだ。
エピソード5の冒頭、楽曲の制作者の意図や想いを隣で聴きながら走るドライブ。なんて贅沢な時間なんだと驚嘆した。
源さんの、東京ドーム公演での表現方法については驚かされた。箱が大ききなればなるほど、演出をモリモリにして、大きな声で楽しそうに観客に語りかけることに、これまで何の疑問も抱いていなかったが、源さんはそうではなかったようだ。遠い人用のコミュニケーションを取れば取るほど、観客もそれに気がついて、距離が合いてしまう、という考え方。これはちょうど私が仕事(オンライン上で50人規模の子どもたちに対して、人前で話すこと)で悩んでいた部分のヒントになった。
「”50人”という人の塊を相手にしているのではない、1人1人が集まって50人になっているだけなのだ」。会社の仲間と話しながらそう思うようにした私は、自分の等身大のコミュニケーションに立ち返り、他のスタッフのようなエンターテイナー性を強く意識することなく、1人1人距離を縮めていきたいと思えるようになった。
他の地球人(=社会)が設定した枠組みから、どうしても外れてしまう、「自分は宇宙人である」という感覚。先日会った高校時代からの友人も同じようなことを言っていた。占い(私の知る数秘術)でも「あなたの前世は宇宙人!今生では地球に遊びにきているんだ。」なんて結果が出ることもあるけれど、この”宇宙人感覚”はとても素敵なことなのではないかと思い始めている。もちろん当の本人(私はどちらかわからない)は、周りと話や感性が合わないことに苦しむこともあると思うが、合わない自分自身を自覚していることが大きな魅力である。そもそも周りと話や感性がバチバチに合ってると思いながら生きられる人なんて、地球上にはいないんじゃないかとすら思う。
その点、若林さんや源さん、そしてその友人(”社会には合わない”という感覚を持ちながら、大学の研究室という最小限のコミュニティに所属している)は、その感覚を押しころすことなく、エネルギーに変換しているので、とてもキラキラして見える。
エピソード6. LIGHT HOUSE
晴れているのに、風が強いロケ。なんだかとても2人らしくておもしろい。
2人が、何をモチベーションに曲をかいたり、漫才をしているのかが垣間見えた回だった。自分がワクワクするものを作り続け、それを世界中の、待っていてくれる人の元へ感謝や恩返しの気持ちと共に届ける。創作って、表現って、この状態になっているときが1番良い循環を生むんじゃないかと思う。(他者を刺激し、また新しい表現が生まれる、という循環。)今私が書いている文字も、来週に控えている仕事仲間でのキャンプイベントも、来月出す予定の歌の動画も、感謝と恩返しの気持ちを持って世に放っていこう。
エピソード6は未来の話が中心だ。このコンテンツを見ている時に書いていたメモにも、括弧書きで”(〇〇したい)”とこれからの話が沢山みられる。続けようと思えばまだまだ書けるが、これらは後編の自分に託すことにしたい。
『しかたなく踊る』。嫌いなことや苦手なこと。どれだけ歳を重ねて適応したようにみえても、結局何も解決なんかしていない。それでも仕方なく毎日はやってくる。だったら、せっかくなら、踊って過ごした方がいいじゃないか。自分が嫌な思いをした時に、またこの曲に、このダンスフロアに、帰ってきたいと思った。
ここまでしっかり読んでくれた人がいたとすれば、金一封をあげたいくらいだ。あ、お金は良くないか。なら手紙で感謝を伝えよう。いや、既に文字でお腹いっぱいか………。とにかく。読んでくれたあなたには全力の愛を伝えたい。ありがとう。
もし気が乗ったら、今回から感想やコメントを送れるGoogleフォームを設定したので、ポッチとしてくれると嬉しい。
こんな長い文書を、自分から進んで書いたのは人生で初めてな気がする。約6,000字に到達してしまった。執筆期間は2週間。意図と違うものが伝わっては残念だと思っているので、いつもこうやって時間をかけ過ぎてしまう。やはり文書を書くのは得意ではない。
でも発信する意義や価値を、とってもエラい私は理解しているので、引き続き頑張ろうと思う。
それではまた近いうちに。
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